2012年8月24日(金)

大人の町。

 ぼくがまだ小さいころ、と言っても1990年前後の話。記憶もはっきりとしていないし、ずっと昔のことのような気がするけど、それほど昔のことではないのかもしれない。
 ぼくがまだ小学校に入るか入らないか、その頃、夜中に父親から電話があった。終電を逃したから国分寺まで迎えに来て欲しいと言う。そこで、母親が車で迎えに行くことになった。
「一緒に付いて来る?」と

訊かれたのでぼくも一緒に車に乗った。夜の国分寺北口、それは今まで見たことのない世界だった。夜中なのに明るく、ギラギラと光ったネオン。外には赤と青のチャイナドレスを着た女性が二人立っていた。これが大人の世界か。と車の窓ガラスに張りつくようにしてその世界を見た。それがぼくの記憶にある一番古い国分寺かもしれない。
 それと、国分寺には家族が少し奮発するときに行く

中華料理屋があった。何かのお祝いをするときはそこで食事をする。『オトメ』という中華料理屋だ。
 ある日、父親と二人、いつも行く丸井の8階で髪を切った。切り終わると父親は「今日はお母さんもお姉ちゃんもいないし、どこか食べに行くか。どこに行きたい?」と訊いた。ぼくはすぐに「オトメ」と答えた。
 「じゃあそこにするか。」駅南口を出て、斜め右へ曲がる。細い道を左に曲がって、まっすぐ行くと『オトメ』がある。男二人、夜のネオン街を歩いていくとぼくも大人になったような、なぜか悪いことをしているような気分になった。それだからか、今でも何を食べたかハッキリと覚えている。最初に来たのは春巻きだった。少しずつ食べなければ火傷してしまうくらい熱い春巻きは毎回必ず頼む。そ

して、五目焼きそば。鳥の形にかたどられた人参、エビの大きさ、歯ごたえ、なぜか入っている唐揚げ、そしていい具合に焼き目のついた麺も味付けも、本当においしかった。最後には杏仁豆腐を食べなければ終われない。ぼくはここよりも旨い杏仁豆腐を他に知らない。それほど旨い。さらっとした杏仁豆腐。このオトメの中華料理こそがぼくの思う大人の高級料理の味だった。

 国分寺ラドンセンター。そこにある手書きのボーリング場。やったことのないバッティングセンター。近くにあるプラモデル屋。百円オジサンのいるゲームセンター。裏通りにある駄菓子屋。
 大人の町、国分寺。国分寺の古着屋『朝日屋洋品店』に通うようになったのは小学6年生のときだった。これも背伸び。はやく大人になりたくて仕方がなかった。
(馬場正道=渉猟家)



夢の住人、夜の旅人 特別編
2012年、夏。韓国ソウルにて

 「韓国のレコード屋、ここ最初ですか? 嬉しいですね。明日は? そう、じゃ、明日は一日、ワタシ韓国のレコード屋案内する。ああ、ダイジョウブ! ワタシ、明日休み」D氏はそう言ってレジカウンター越しに満面の笑顔を作った。
 韓国ソウルのとあるレコードショップの店内。彼と私はほんの数分前、客と店員という立場で出逢ったばかりだ。客は他に誰もいない。癖のある日本語で放た

れた彼の唐突な申し出に「いくらなんでもそれは悪いですよ」と固辞する私。が、「ダイジョウブ! 遠慮しなくていい。お客様を持てなすのが韓国式」と彼は一歩も退く気配がない。それどころか店に鍵を閉めて、近所にある中古レコードショップに案内するとまで言い出し始める。
 今回の訪韓は後に述べる原稿の取材にその多くを費やすつもりだったのだが、万事そのような調子であら

かじめ約束していた取材先での日程を除くほとんどの時間を、私はD氏と共に過ごすことになってしまった。
 彼の組んだ幾分強行軍で濃密なソウルツアーに私が疲弊の色を隠せなかったのは一片の事実である。が、それを補って余りあるほど、そこには実り多き楽しい時間が待ち構えていた。私たちはソウル中のレコードショップを巡り、東京の話をし、新堂洞のトッポキ鍋を囲んだ。ミュージックバーで往年の韓国GSをリクエストし、東大門市場を巡り、サムギョプサルに舌鼓を打った。私がとりわけ気に入ってしまったのが鍾路北方にあるナクサン公園である。急勾配を行くバスを降り丘を登ること数分、山の稜線に沿って建てられた美しい城壁が見えて来る。眼下に望むソウル市街。整備された散歩道には何万匹ものト

ンボが悠々と飛び交っている。ヨーロッパの鷲の巣村を思わせるタルトンネ(月の街)の沿道では、夕涼みがてら住民がマッコリで一杯やっているという塩梅。それはもう童話の世界と言っていい。旅の日々に育んだD氏との友情は東京に帰った今も続いている。音楽好きはトンボのように羽根を広げ国を越えるのだ。
 さて、ソフトロックやAOR、サイケ、プログレ好

きにとって韓国と言えば、謎のリイシュー・レーベルが多い国と認識されている方も多いことだろう。実を言えば今回の取材記事はそこに焦点を当てたもので、今年復刊される伝説の音楽誌『VANDA』に掲載の予定である。てりとりぃ同人諸氏も原稿を準備中とのことで、この点もぜひご期待戴きたい。
(関根敏也=リヴル・アンシャンテ)



ミシャ・フィッツジェラルド・ミシェル ~タイム・オブ・ノー・リプレイ~

 ニック・ドレイク(1948―1974)。このイギリス人シンガーの名前に特別な感情を寄せる音楽ファンは多いのではないでしょうか。69年から72年の間に3枚のアルバムをリリース、74年11月25日、前日の夜に飲んだ睡眠薬の過剰摂取により死亡。享年26歳。当時はイギリス本国でも、ほとんど存在は知られず、ライヴを数える程しかやらなかった、鬱病で他人とコミュニケート出来なかった、死因が自殺なのか事故なのか不明など、その謎めいた生涯が音楽以上に語られることが多いため、早逝の天才シンガーと呼ばれています。
 ニック・ドレイクの音楽の魅力は、沈み込むような声色のヴォーカルと、独自にチューニングされたギターの響き。ロック、ポップス・シーンだけでなく、ジ

ャズ、クラシックの音楽家の中にもファンは多く、特にジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーは、98年のアルバム「ソングス」で「リヴァーマン」を取り上げて以来、ライヴでも度々彼の楽曲を演奏しています。
 そんな中、この春、仏人ジャズ・ギタリスト、ミシャ・フィッツジェラルド・ミシェルによるカヴァー集「タイム・オブ・ノー・リプレイ」がノン・ジャンル・ミュージックで知られる仏のレーベル「NO FORMAT!」からリリースされました。ミシャ自身にとって4枚目、同レーベルからは2枚目となるソロ・アルバム。05年にリリースされた前作「エンカウンター」は、ギター・トリオにサックスを加えたコンテンポラリーな内容でしたが、今回は一転、ギター・ソロを中心に、曲によって最小



TIME OF NO REPLY / MISJA FITZGERALD MICHEL
(仏 NO FORMAT!/NOF.19 614-981-2)
1. ブラック・アイド・ドッグ
2. タイム・オブ・ノー・リプレイ
3. リヴァーマン
4. ピンク・ムーン
5. シングス・ハインド・ザ・サン
6. ワン・オブ・ジーズ・シングス・ファースト
7. ウェイ・トゥ・ブルー
8. ホーン
9. ウィッチ・ウィル
10. フルーツ・ツリー
11.ノウ
限のゲストを迎えて制作、アルバム全体が組曲のように流れる構成です。
 ミシャは09年頃から「ア・ポートレイト・オブ・ニック・ドレイク」というタイトルのコンサートを欧州各地で行いながら、その楽曲やギター・プレイを研究、今回の新作は長い期間に渡った実験の成果が結実した結果といえるでしょう。ただ残念なことに、極めて私的な内容のため、多くのジャズ・ファンには理解不能、ロック、ポップス・ファンには、その存在すら知られていません。この作品はニ

ックの音楽を知らなければ、その価値を理解することが出来ないかわりに、ニック・ドレイクというシンガーに特別な感情をもつリスナーであれば、これほど心を打つ内容はありません。その意味では過去にリリースされたどのトリビュート作品よりも彼の真髄に近づいています。ぜひニック・ドレイクを愛する全ての音楽ファンに聴いてもらいたい。初めて彼の楽曲に出会った時のあの心揺さぶられる感情がよみがえります。
(土屋光弘=ラジオ番組制作者)



MUSIC BOX サントラコレクション
監修:濱田高志 仏文解説対訳付 各2,940円(税込)

フランシス・レイ『サファリの英雄』CDSOL-7754
カブリエル・ヤレッド『エージェント・トラブル』CDSOL-7755
フランソワ・ド・ルーベ『ミロールで遊ぶ番』CDSOL-7756
フランソワ・ド・ルーベ『作品集』CDSOL-7757
ミシェル・マーニュ『エマニュエル/サン・サルバドル 地獄の戦火』CDSOL-7758

お問い合わせ:㈱ウルトラ・ヴァイヴ(03-5485-2301)

古川タク「あそびココロ」“一本の線から”

ユーモアあふれるアニメーションやイラストで、世界的に活躍する古川タク氏の作品の数々が展示されるほか、「のれんの町」として知られる真庭市勝山の町並み内の建物の壁や石畳をスクリーンに見立ててアニメーションを上映する「町並み上映会」や、パラパラマンガを作成するワークショップなどのイベントも数多く開催されます。展覧会は入場料無料ですので、ぜひご来場ください。

8月18日(土曜日)から28日(火曜日)10時〜17時
※22日(水曜日)は休館
勝山文化往来館ひしおホール(岡山県真庭市勝山162-3)
入場 無料
詳細はこちら。勝山文化往来館ひしおホールのアクセス/問い合わせ先はこちら

てりとりぃ×宇野亜喜良
コラボレーショングッズ 第1弾
「月刊てりとりぃ」創刊2周年を記念した「てりとりぃ」オリジナルTシャツ&エコバッグを制作しました。(左写真をクリックすると別画像が表示されます)。枚数に限りがありますのでご注文はお早めに!

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ご購入を希望される方は、「てりとりぃ」編集部 territory.tvage@gmail.com まで、メールにて希望商品名と希望サイズ、枚数をお知らせ下さい。到着後3日以内に折り返し返信メールを送ります。なお限定品につき品切の場合はご購入出来ない場合があります。*別途送料は発送方法によって異なります。詳しくはお問い合わせ下さい。