2012年12月14日(金)

歌はいかがですか【二〇一二年 師走】
[山上路夫 × 村井邦彦 × 日向大介 × 宇野亜喜良]








時間感覚をシャッフルする究極のベスト盤 ~「日本の恋と、ユーミンと。」

 ユーミンの40周年記念ベストアルバム『日本の恋とユーミンと』を聴いた。本人公認のベスト盤としては76年の『ユーミン・ブランド』以来7作目に当たるが、本盤も含めユーミンは過去一度も、楽曲をリリース順に並べていく形のベスト盤を出したことがない。少し前に出た山下達郎の3枚組ベストは発表順だったし、むしろそれはベスト盤の基本構成なのだが、なぜユーミンはリリース順にベストを組まないのだろうか。
 彼女はアルバムごとにアレンジをガラリと変えることが多い。アコースティックな肌触りの『紅雀』の次が思い切りポップな『流線形80』で、全編ブルー・アイド・ソウル風の『パール・ピアス』の次がELO風の派手なシンセ・サウンドで統一された『リ・インカーネーション』など、アレ

ンジがアルバムの色調を決定付けている。だから、代表曲をリリース順に並べると、曲ごとにアレンジの質感が変わり落ち着かなくなる。でもそれだけではない。初期の曲と現在の曲は、らせん状に上昇・進化してい

るものの、根は同一だと感じさせる部分がある。
 その意味で、本盤3枚目の終盤、「ダンスのように抱き寄せたい」と「ひこうき雲」の流れは興味深い。同ベストでは最も新しい2011年発表の曲と、デビ

ューアルバムの1曲目を続けて収録している。声質こそ変わったが、続けて聴いてもさして違和感はない。似た状況はライブで何度か経験している。86年の苗場コンサートでは当時の最新盤『DA・DI・DA』から2曲歌った後、『ひこうき雲』のナンバーを続けて2曲歌った。2000年の『フローズン・ローゼス・ツアー』では新作「流星の夜」のサビに「アニヴァーサリー」と「雨の街を」を重ねて歌い、01年の『アケイシャ・ツアー』では、やはり最新曲「パートナーシップ」に続き「ひこうき雲」を共に弾き語りで披露した。こういった技は、単に楽曲の普遍性というだけでは語りきれないものがある。
 ユーミンの歌には、時制を歪めた表現を時折見かける。〝懐かしすぎる未来〟(「アカシア」)〝永遠の一

瞬〟(「満月のフォーチュン」)〝昔は未来の向こうにもある〟(「テイク・ミー・ホーム」)或いは『昨晩お会いしましょう』……。本盤収録の楽曲も「水の影」や「あの日にかえりたい」など、これはどの視点で、いつの時間で語っているのだ?とふと考えてしまう。逆に「リフレインが叫んでる」や「哀しみのルート16」など、主人公の思い出を聴かされているはずが一瞬、聴き手がその現場に立たされて、その時の心境に置かれるような錯覚さえ受ける。言い換えれば聴き手がどの時点に立っても体感可能なのだ。この時間を自在に往還する能力は、作詞のみならずメロディーやサウンドでも発揮されているのではなかろうか。
 ユーミン作品のうち、40年の間、常に顔をみせるスタイルが2つある。ひとつ

はオールディーズ、もうひとつはラテンで、共通しているのは「新しくはないが、古びない」点。オールディーズは例えば多感な少女時代の感性に引き戻すための術として用いるが、ラテン、特にブラジリアン・ミュージックを時折、隠し味に使うのは、ある種の「サウダージ」感覚から来るのではなかろうか。
 ポルトガル語の「サウダージ」とは「懐かしさと憧れを統一させ、粟立つような快感を与える」という意味だと、平岡正明の著書で教えられた。ユーミンの楽曲は、この「サウダージ」の感覚が織り込まれてはいないか? 初めて聴くのに懐かしく、何度聴いても磨り減らない。まさに懐かしすぎる未来。デビュー曲から順に並べる行為は、彼女に限っては意味のないことなのだろう。

 思えば『ひこうき雲』の帯コピー「魔女か!スーパーレディか!」は、今回の『日本の恋とユーミンと』にもそのまま当てはまるのではないか。スーパーレディの称号はこれだけの名曲を世に送り出した彼女にこそふさわしく、40年という時間を往還できるスタイルは、まさに魔女のなせる業なのだ。
(馬飼野元宏=『映画秘宝』編集部)
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自主制作マンガ界のキュートな凶悪

 漠然と「上手」「下手」で、マンガに優劣をつけるのは感心しない。「達者な絵で描かれたつまらないマンガ」と「稚拙な絵で描かれた面白いマンガ」であったら迷うことなく後者を選ぶ。しかし、「達者な絵」にも「稚拙な絵」にも、それぞれに「面白い絵」と「つまらない絵」があり、では「稚拙な面白い絵」は、もはや「達者な絵」じゃないか。そして、マンガ表現に触れてもっとも幸福感を

感じるのが「面白い稚拙な絵で描かれた面白いマンガ」なのです。
 この流れで、窓ハルカという作家を紹介するのは失礼な話だけれど、正直「上手」と言ってしまうのも何か嫌味な画力の持ち主である。しかし、その魅力に心を深々と射抜かれている俺だ。「たこぶえ」3号(2011年/同人誌)に掲載された作品「他人の話」が初見だったが、この絵でこそ成立するラブコメで、面

白かった。その時、既にモーニングマンガオープンで奨励賞を受け、少年チャンピオン誌でデビューしながら、同人誌にも意欲的に発表を続けていた。何とも憎めない愛らしさに、時々生々しい体温が加わる不安定な絵柄。愛憎とバイオレンスと歪んだセックス観、といった題材を飄々とペンにのせ、ちょっと変わった恋心みたいに語ってしまう軽さ。ふと「カワエグい」というダサい言葉を思いついたが、使わないから安心して。そんなカワエグい(使った)短編集『滅亡』を昨年自費出版。体裁に意気込みがなく、おまけに奥付もない。新宿の模索舎の店頭で見つけた。まとめて作品を読むと、コマ運びの手際にハッとする。描きたいことがあって、それを間違いなく描いている。窓ハルカは結局は上手い作家なのだ。

 最近、「ANSHIN」(2012年/同人誌)に、MatildaMargarita名義で発表した作品「スランプ」が気になる。自身を投影したと思しき主人公が、自分のマンガに自信をもてずにいる。「〝そんなことない/私は好きです〟と言っていただいても自分がそう思えないので描き続けるのは難しい」と独白を続ける。いつものシニカルな笑いに寂寞とした空気が色濃い。こんな作家の吐露に読者はどうすればいいか。まあそれも「好き」としか言えない。残酷にも。
 一部で話題となった実録マンガ「Oー157と溶血性尿毒症になって入院したよ♥」も含め、相当量の作品がネット上のどこかに置いてあるが、こういう情報は移ろいやすいので、興味のある方は是非お早めに。
(足立守正=マンガ愛好家



数々のヒット曲で甦る、越路吹雪の栄光の日々。
そして傍らにはいつもあの人がいた


 歌手・越路吹雪と、そのマネージャーでもあった作詞家・岩谷時子との日々が描かれた舞台『Chanson de 越路吹雪 ラストダンス』を観た。私が拝見したかめありリリオホールでのプレビュー公演も充分満足させられるものであ

ったが、現在上演中のシアタークリエではさらにこなれた内容による躍動的な舞台が日々繰り広げられているに違いない。
 以前、越路の役をピーターこと池畑慎之介が演じ、よきパートナーの岩谷役に高畑淳子が扮した舞台『越

路吹雪物語』を日生劇場で観たことがあり、越路のファンを自任する池畑の熱演が特に印象に残っている。高畑の岩谷役も本人に直接会って散々勉強したというだけあって、出色であった。今回は瀬奈じゅんの越路、斉藤由貴の岩谷、いずれも本人に似せることにはそれほど拘っていないであろう代わりに、役者の個性が光る魅力的な演技が見られる。
 なんといっても我々世代には、アイドルとして認識されている斉藤由貴の抑えた演技が好ましく、瀬奈の歌も堂に入っていた。実際の岩谷時子の世話人として、リハーサルから何度も舞台を観てきた草野浩二氏によれば、彼女の歌はメキメキよくなっていったとのこと。さすがは宝塚のトップスターだけのことはある。
 個人的にかなり惹かれたのは、ストーリーテラー的

な存在でコミカルな動きを見せる宇野まり絵の存在だった。斉藤の後輩にあたる東宝芸能所属の女優さんだそうで、チャーミングで歌も達者で、今後が楽しみな逸材だ。舞台の前半では大活躍する彼女の出番が後半で少なくなってしまったのが、この舞台で唯一の残念な点であったことも事実。
 そして今回の舞台で何より楽しみだったのが、江草啓太氏の音楽だったわけだが、大舞台に映える素晴らしい演奏とアレンジでその期待に存分に応えて下さった。氏のピアノ演奏にはある仕掛けがあって、ストーリーの一場面ではそのタネ明かしもされる。「愛の讃歌」「ラストダンスは私に」などの劇中ナンバーはいずれも越路のオリジナル・レコーディングに忠実なアレンジでありながらもしっかりとドラマティックな味付

けが施された非常に好ましいもので、幕が下りた後の余韻も心地よかった。ザッツ・エンターテイメント!
 岩谷、越路以外にも、真木小太郎、内藤法美、山本紫朗、渋谷森久ら、ふたりを取り巻く実在の人物が次々と登場するのも楽しい。一人何役も演じられる中、柳家花緑が本人に似せつつもオーバーな演技を見せる菊田一夫が特に可笑しく、久世ドラマ『時間ですよ』の菊田先生をふと思い出した。ほかにも仕掛けがいっぱい。三谷幸喜の舞台などでその手腕を発揮し続けている山田和也の演出力はもっと評価されていい筈だ。
 この後、名古屋・大阪公演も控えているが、シアタークリエでは19日まで。読者&同人の皆さま、どうかお見逃しなきよう。
(鈴木啓之=アーカイヴァー)
写真提供・東宝/「Chanson de 越路吹雪 ラストダンス」公式HPはこちら