2013年2月8日(金)

和田誠 「いつか聴いた歌」を語る
ジャズ・スタンダード集「いつか聴いた歌〜スタンダード・ラヴ・ソングス」発売によせて



 「ザ・ミュージック」誌の連載をもとに七七年に単行本化、その後九六年に文庫化された「いつか聴いた歌」。同書は何十年にもわたって様々な歌手によって歌い継がれ、やがて〝スタンダード・ナンバー〟と呼ばれるに至った楽曲について、イラストレーターの和田誠がその背景や内容を綴った名著で、今夏、愛育社より増補改訂版の刊行が予定されている。
 来週十三日に発売される同名タイトルの企画盤は、和田がそうしたスタンダード・ソングの中から特に人気の高いラヴ・ソングにフォーカスして選曲したCDで、監修・解

説・邦訳、さらにアートワークを手掛けるシリーズ第一弾。初回盤には三種類のグリーティングカードが封入されている。シリーズは本作を振り出しに、毎回テーマに沿った選曲で順次発売、さらに同名タイトルのトーク&ライヴも定期開催されるとのこと(詳細は後日発表)。
 CD発売日にはTBSラジオ「久保田智子の水曜Wanted!!」(毎週水曜日午後八時〜十時放送)に和田がゲストとして生出演、同シリーズについてはもちろんのこと、スタンダード・ソングの魅力を聞かせてくれる。なお同日にはディスクユニオンから和田のイラストレーションによるオリジナル・キャリングバッグ(レコード・バッグ)も限定発売。合わせて要チェックだ。
(文・編集部)



ロベール・ドアノーはそこにいる

 フランスの国民的写真家、ロベール・ドアノーの生誕百年を記念して、昨年『レトロスペクティヴ』『パリ・ドアノー』の二冊が相次いで発刊となった。氏の作品集は日本版だけを数えてもこれまで何度となく書籍化されているが、今回の二冊はキャリア最初期から八〇年代中期までの作品を集約的に網羅しているのがその特徴と言えるだろう。
 パリ郊外の休日。戦時下のパリで写し撮った『犯行の現場』。プレヴェールや

コクトー、ジャック・タチやサヴィニャックを収めたポートレイト。変貌するパリをメタフォリカルに表現した諸作。稀少なカラー写真。『リヴォリ通りのスモック姿の子供たち』に代表されるパリの日常を暖かな視線で切り取った作品群。そして代表作『パリ市庁舎前のキス』。誰もが見覚えのある一枚からお蔵出しまで、実に印象的なショットが並んでいる。
 ドアノー作品の特徴。私から観ればそれは次のこと

である。観賞者は自らが見知ったパリの、あるいは映画や書籍から再構築された想像上のパリの町角をまずそこに探してしまう。一枚の写真を何度となく見返し、長時間に渡って凝視してしまう。そして、「イメージの釣り人」と書きつけられた惹句通り、厳格に磨き抜かれた批評性と「物語」をそこに発見してしまう。
 いかな楽観的作品にも隙がないというのが私のドアノー観だが、ある種の例外は存在する。『マドモワゼル・アニタ』そして『パブロ・ピカソの運命線』という二枚がそれだ。前者は被写体背後の鏡に、後者は被写体前の硝子戸に、愛機ローライ・フレックスを構えたドアノー自身があられもなく写り込んでしまっているのだ。これが意図されたものなのかどうかは分からない。が、そこに自らが取

り込まれていることを承知で氏がシャッターを切ったことは確実だろう。「どうかそのまま動かないで下さい、理由は後で説明しますから」前述の一枚目、被写体のアニタにドアノーはそう言ったという。おそらくはピカソの場合も同様だったのではないか。
 逃すことの許されない絶対的な一瞬。対象物を最良の状態で写し撮ることがすべてという本能。氏は熱に浮かされるようにシャッターを切ったのだと私は想像する。「天才を前にすると、人はある種の麻痺状態に陥り、その影は薄くなり、しまいには消えてなくなってしまうことさえある」ピカソと対面した時の印象を、のちドアノーはそう書きつけている。
 さて、これらの写真を収めた『レトロスペクティヴ』『パリ・ドアノー』の発売

を機に、昨年より『生誕百年記念 ロベール・ドアノー写真展』が全国で巡回開催されている。現在はジェイアール京都伊勢丹美術館「えき」KYOTOにて、2月24日(日)まで公開。近県の方はぜひこの機会にお立ち寄り戴きたい。また、併設の書籍コーナーでは拙著『パリから向かうフランス映画の港町 ジャック・ドゥミとヌーヴェル・ヴァーグの故郷を訪ねて』も陳列されるとのこと。僭越ではあるがドアノー作品とともにお手にとって戴ければ幸いである。
(関根敏也=リヴル・アンシャンテ)
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■生誕100年記念写真展 ロベール・ドアノー 1月30日(水))~2月24日(日)@ジェイアール京都伊勢丹美術館「えき」KYOTO



ウチの本棚
[不定期リレー・コラム]第11回:田村玲央奈の本棚

 我が家の本棚は、四人の子供たちの本でいっぱいです。私の本は扉付きの棚の中にしまってあって、この十年ほどなかなかゆっくりと取り掛かる暇もなかったのが、やっと最近読み返したり新しく購入したりしています。ただ、言ってみれば子供たちの本も私が読み聞かせた本がほとんどで、声に出して音読することによって、私の一部の様な存在になっている本もあります。

 子供が小さいと、何度も同じ本を繰り返し読んでほしがります。すると子供は本を完全にまるごと暗記します。「あいうえお」を早く覚えて欲しい時は、指で文字をなぞりながら、ゆっくり文を読むように心掛けると、あっという間に文字を勝手に読むようになります。
 四人兄弟だった私が小さい頃から親しんでいた本も本棚にあります。私の弟が落書きしてしまった跡や、

破けた箇所を母がセロテープで直して補強しているところも。そんなのをみながら本は大切にしようね。などと話しかけたりします。「あいうえおの本」などはデザイン性にも優れていて、大人になっても何度めくっても楽しい本です。文字を囲う絵で出来た枠の中では、例えば蟻やアザミなど「あ」のつくものをじっくり味わいます。子供には書き順を教えたりしてたのしみます。母が買ってくれた3冊セッ

トの「赤毛のアン手作り絵本」は、子供の頃いつもベッドの傍に置いて、こんなものが作ってみたいと憧れを膨らませ、時々は本をみてクッキーを焼いたり刺繍をしたりしました。田舎に憧れて手作りの物に囲まれて過ごしたいなと思ったのも、まだ少女の頃に読んだこの本の影響かもしれません。捨てられない本です。
 今は部屋が狭いので本を増やせず、図書館に行きがちですが、一生大切にでき

ると確信できる本というのは確かにあって、そういう本は迷わず購入したい。そして子供たちの子供にも大事に読んで欲しい。
 小説でも写真集でも父の本棚を覗いてこっそり読むのが大好きでした。理想を言えば、部屋を広くしたら本棚をもっと広くして私の好きな本も子供たちがどんどん読める環境にできたらいなと思うのです。
(田村玲央奈=フォトグラファー)