2013年4月19日(金)

ヒトコト劇場 #21
[桜井順×古川タク]




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東京のジャズ・クラブで ~ヘレン・メリルに魅せられた夜

 ヘレン・メリルの歌声を初めて聴いたのはいつだったろうか。御多分に洩れず、たしか「ユード・ビー・ソ

ー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」であったと思う。何も知らない小僧は「青江三奈みたいな声だな」

などとほざいた。無知とは恐ろしい。それからだいぶ後、物心ついてから『ヘレン・メリル・ウイズ・クリフォード・ブラウン』や『ローマのナイト・クラブで』といったアルバムを聴くようになり、大人の世界へと導いてくれるハスキー・ヴォイスに魅了されたのだった。ちなみに青江三奈の初期の作品には「東京のためいき」というナンバーがある。本家の「ニューヨークのため息」を踏襲したものであろうことは容易に想像がつく。
 以来、好きな女性ヴォーカリストを問われると、ローズマリー・クルーニーと共に必ずヘレン・メリルの名を挙げてきた。が、これまで来日の機会は決して少なくなかったにも関わらず、何故かこれまで生のステージを観る機会に恵まれなかったのである。そこで今回

は千載一遇のチャンスと思い、ブルーノート東京での公演に嬉々としてお邪魔させていただいた。しかも彼女とは60~70年代から共演を重ねてきた佐藤允彦、山本邦山とのスペシャル・プロジェクト。きっと、リラックスムードの素敵なステージが繰り広げられるに違いない。
 ショウは静かに始まった。まずは佐藤允彦トリオの演奏。自分たちは前菜で、このあとメインディッシュが登場する、と謙遜する佐藤

のアナウンスにはヴェテランならではの余裕が感じられた。不遜なジャズメンもそれはそれで魅力があるが、謙虚なジャズメンはもっと魅力的だ。佐藤の優しいタッチのピアノをはじめ、トリオの円熟の演奏はまろやかで気負いなく、観客たちを和ませてくれた。そして人間国宝・山本邦山の登場。スーツ姿と尺八のミスマッチが、輝かしいキャリアに反して若々しさを引き立てている。贅沢すぎる顔合わせに、オーディエンスから

南青山のため息が漏れる。
 我々の目を釘付けにさせる山本の崇高な演奏に耳を傾けていると、いつの間にか舞台袖にヘレン・メリルがスタンバイしていた。温かい拍手に迎えられてステージの中央へ。最初に「サマータイム」を歌いだした後、すぐにエンジンがかかった様子で、4曲目の「バイ・バイ・ブラックバード」あたりになると、もう大ヴェテランの貫禄満点。とても82歳のヴォーカルとは思えない。そして待望の「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」へ。やはり客席の沸き方が違うのが判る。その興奮が冷めやらぬうち、ラストにガーシュウイン兄弟の名曲「ス・ワンダフル」をさらりと歌ってステージを後にする彼女に向けて、長い間拍手が鳴り止まなかった。

 〝歌姫〟という表現に年齢の枠などないことを改めて悟った夜であった。日本に移り住んだ時期もある彼女にとって、第二の故郷といっても過言ではない東京。その中心にある最高のステージで、ヘレン・メリルの生歌が聴けたことはなんたる幸運だろうか。今後、無邪気に自慢してしまうことがあっても、どうか大目に見ていただきたい。
(鈴木啓之=アーカイヴァー)
Photo : Yuka Yamaji



魅惑の “オートバイ少女” その2
ブリジット・バルドー『HARLEY DAVIDSON』の場合

 後にイギリスのパンク・バンド、ボロック・ブラザーズが「ハーレー・ダヴィッド・サノバビッチ」という改作カヴァーを80年代に発売したら、イギリスのクラブで大ヒットしてしまった、なんてことを知る人は多くないとは思います。が、その曲のオリジナル、そのままズバリ「ハーレー・ダ

ヴィッドソン」という曲を歌った美女、ブリジット・バルドーのことは、忘れるわけにはいきません。
 周知のようにこの曲はセルジュ・ゲンズブールが67年末のTV番組「今宵バルドーとともに」の為に用意した曲ですから、彼女が実際にチョッパー乗りだったわけではありません。ベー

スでデケデケと排気音を表現する、という手法はいささかダサいですが、同曲を歌うBBの映像は、まさに最高の「オートバイ少女」。これさえあれば何もいらない、と男性視聴者を挑発するこのイケイケなセクシー美女が、こんな大改造チョッパーに恋しちゃったかぁ、と妄想するだけで、もう楽しくなってしまいます。
 彼女が恋したマシンは、1940年代のフラットヘッド(750CC)にスプリンガーフォーク、エイプハンガー、そしてこれでもかとカチアゲたマフラーで武装した、黒いビンテージ・チョッパー。
 超ミニスカ&ハイヒール、というバイク乗りでは〝ありえない〟ファッションでマシンにまたがるBBはまさに無敵です。「明日死んでも、それが運命よ」と歌うくらいですから、無敵な

のも当然ですが。
 同曲を歌うバルドーを映したポスターの前に座るゲンズブール、という有名な写真がありますが、既にバルドーの心は彼の側にはありません。「これさえあれば誰もいらない」、そう彼女に歌わせたのは他ならぬゲンズブールなわけですから、自業自得、というか。
 別のマシンですが、黄色にペイントされたチョッパーに横たわるバルドー、という写真もあります。こち

は(『あの胸にもういちど』のマリアンヌ・フェイスフルよろしく)裸の上にライダースを羽織り、ホットパンツ&ブーツ、というこれまたセクシーなBBを拝めますが、前述の黒いマシン、それからこちらの黄色いマシンともども、モーリス・コンバルベールという有名なカスタム・ビルダーが制作したチョッパー。彼はフランスにチョッパー・カルチャーを持ち込み、その魅力を広めた人物(2010

年逝去)で、ジョニー・アリデイ、ジョー・ダッサン他、往年のセレブ俳優にもマシンを提供しました。
 66年のカルト映画『ワイルド・エンジェルズ』でピーター・フォンダが操ったスプリンガーのパンヘッドも彼が手がけた有名なバイクのひとつですが、やはり彼の一番の代表作といえば、バルドーが恋をした、ビッカビカに磨かれた黒いフラットヘッド・チョッパーでしょう。
(大久達朗=デザイナー)