2013年8月2日(金)

ヒトコト劇場 #26
[桜井順×古川タク]








自主制作マンガ界の魔界転生事情

 最近、コレクターや愛好家の手による、自主制作でのマンガ復刻に熱い息吹を感じる。我々がやらなくて誰がやるのじゃ、そうじゃ誰がやるのじゃ。そんな地を這うような唸り声が(主に中野の方から)聴こえてくるような気がするのじゃ。凡天太郎のマンガ再評価に力を注いでいる凡天劇画会は、『凡天太郎作品集』シリーズを刊行中だ。怪奇マンガの珍品を紹介してきたグッピー書林Plusは、水木しげる的なものを目指しそこねて味なものと化した奇書、黒須奇代治『死絵奇談』を発掘、これも続編の用意があるような。リアルタイムの劇画雑誌に現れ

る異端のマンガ表現をリサーチする趣味人・劇画狼によるおおかみ書房は、三条友美が得意のSM劇画と並行して描いていたホラー作品を集めた『寄生少女』を発刊。何やらホラー系が多いようだが、「牛乳飲むべし」でお馴染みトキワ荘の暴れん坊、森安なおやの叙情作品集『いねっ子わらっ子』が、古書店関係者の合同出資で出版されており、ハードカバーで箱入りの装丁が愛らしい。
 と、まあ、マンガ愛の熱量とボリュームに息も荒くなる状況だが、またもや新刊が届いた。タイトルは『井上智貸本スリラー作品集1 悪魔の落し子』。作

者の井上智は、手塚治虫のアシスタントをつとめ、自作でも『魔人バンダー』等で知られる。復刻に携わったひとり、貸本マンガの研究者・成瀬正祐氏から、この作品について話を聴いたのは昨年の夏。『エスター』や『マンディ・レイン』などに受け継がれる少女スラッシャー映画の古典『悪い種子』を元にした傑作があるという話は興味深かった。読んでみて驚いたのは、確かに映画の展開や構図をパク…いや、えげつなく参考

にしつつ、そこへ更にギャグや挿話や楽屋落ちをトッピングしまくって、最終的には映画よりも濃厚でシニカルな作品に仕上げていたことだ。貸本マンガ時代の井上智は、手塚調のキュートな絵柄に反した、際どいバイオレンス描写のギャップが素晴らしいという。まだまだ知られていない特異性が、今後も明らかにされていくと思うので、続刊を密やかに待ち続けたい。
(足立守正=マンガ愛好家)



「初恋だったカノジョの歌声は、今も忘れられない」
MUSIC JACKET GALLERY 2013「日本の女性アイドル」(7/18〜7/28)を見て

 ミュージック・ジャケット・ギャラリー。読んで字のごとく、音楽商品のジャケットを羅列するという展示会。ちなみに昨年2012年の同展示会では「CD発売30周年」を記念して、CDフォーマットのパッケージ・ヒストリーを追う、といったとてもヒストリカルな特集内容でした。そして今年2013年の特集は「日本の女性アイドル」。ムフフ。そうです。時代別のビジュアル傾向の変遷とかパッケージの移り変わりとか、そういう学術的見地を全て横に置いておいたとしても、強烈なインパクトとリーチを持った興味深い展示会。殆どの男性にとっては、一旦会場に入れば頬が緩みっぱなし(笑)というイベントなのです。
 日本レコード協会に加えて、今年から経済産業省までもが後援に入った同イベ

ント。一般公開に先立って7月17日新宿にて行なわれた内覧会では、その経済産業省からなにやらセクシーなお姉さんが来場、挨拶をされていました。「アタシも○○とか△△とかをジャケ買いしたことがありましてぇ…」。フムフムなるほど。お姉さんの世代の方はそういうアートワークにビビビと来るわけですね。じゃあ今回のジャケット・ギャラリーに監修者として一部携わらせていただいた当方から、お姉さんにはぜひ

フラワー・トラベリン・バンド『エニウェア』あたりをジャケ買いしてみることをおすすめしたいと思います。どうです? まさにクール・ジャパンでしょう?日の丸も入ってるから分かりやすいですしね。クリムゾンのカヴァーも楽しめますよん。
 閑話休題。18日から始まった一般展示はおおむね盛況で、多くの来場者、そしてツイッター等で多くのリアクションを拝見することも出来ました。そう、やは

り現物を目にすることでフラッシュバックのように蘇る感慨。音声データとか、ネット上の小さなジャケ画像とか、ムック本に掲載された情報からはなかなか味わうことの出来ない「時間の重み」をヒシヒシと感じてしまうことの出来るメディア、それこそが「ジャケット」なんですよね。
 同時に、過去に実際手にすることの出来たほんの一部の作品数を遥かに凌駕する数百枚にも及ぶ大量の展示を見ることで、当時実際に存在した「ストーリー」も読み解くことが可能になります。例えば、まるで有名パティシェが精巧なスキルを駆使して丹念に作り上げたチョコレート細工みたいな80年代女性アイドル達の不可思議なヘアスタイルは、完全アナログ時代の産物であったからこそ、同じものは一切存在していませ

ん。あれほど有名な「聖子ちゃんカット」でさえ、同じものは2つと存在しないのです。面白いですよね。
 さて、新宿会場では7月21日に中川翔子嬢を迎えてのスペシャルトークイベントが催されました。「アイドル研究」を最も得意とするアイドル歌手、という極めて特異な存在とも言える彼女は、このトークショーでいきなり恐ろしい発言を残しました。「私の場合は、最初からブログ等で何から

何までさらけ出すことで出てきた人間なので、〝アイドル〟にはなりたくてもなれない。永遠の憧れなんです」。むむー。しょこたんスゲエな。感動したぞ。当方が(書籍『日本の女性アイドル』あとがきにて)2万字くらい使って書いてみようとした内容を、彼女はたった一言で表現し切ってしまいました。天才かアンタは。すごかりし。
 そして今年のミュージック・ジャケット・ギャラリーではもうひとつ、ダブルメインイベントとも言えそうなトークショーが7月28日の渋谷会場にて行なわれました。おニャン子クラブからの派生ユニット、あのニャンギラスが再結集する、という驚愕のイベントです。実は同日、東京お台場では日本最大のアイドル・イベント「TIF」が催されていましたが、そんなニュー

スには惑わされないゾ、といった風情の、想像通りの熱気でムンムンした会場となりました。前述のしょこたんの発言を借りれば、実はニャンギラスこそが「何から何までさらけ出す」ことを売りにした、最初のアイドルでもありました。TV番組にて「司会者とマジ喧嘩する」なんてキャラを売りにしたアイドル歌手が登場してしまったのです。芸能界を引退して、長い時間を経たいまでも、彼女達

はあの「ニャンギラス」そのままでした。当然ですよね。最初から「素」なのだから。鈴木啓之氏提供の「おニャン子・宣材グッズ」に嬉々として見入る彼女達は、まるで(ただのファンであった)僕らと変わらずに、純粋に展示物をエンジョイされていました。
 最後に、余談を2つほど。展示された80年代のシングル盤ジャケにおいて、なぜかセーラー服率が高かったのは、当方の仕業です。今

ではすっかり現物を目にする機会さえなくなったセーラー服。昔あって、今ないもの、の象徴のひとつと捉えていただければ嬉しいな、なんて。ホントはミポリンのセーラー服もデカく展示したかったのですが。
 それから、ニャンギラスのトークショー中に司会者という特権を乱用し、他の3人の視線をシカトしてまで白石麻子にアダルトなラブ・メッセージをしてしまう久保田泰平氏。ええ、彼こそ男の中の男、ですね。
(大久達朗=デザイナー)
写真(上から)●新宿会場の全景。新宿高島屋1Fのスペースを利用 ●しょこたん。カワユスなあ。この瞬間の彼女の視線の先には、彼女が「最高」と評する松田聖子『CANDY』のジャケがありました ●ニャンギラス@渋谷会場。このフォトセッションで彼女達をローから煽りで撮影したのはおそらく筆者のみ(笑) ●展示品に見入るニャンギラス。発売日にレコード店で配布されていた、という「バレンタイン・キッス」のソノシートに夢中。 ●取材協力:MUSIC JACKET GALLERY 2013