2013年8月9日(金)

ブルーノート東京の、夏の風物詩。
今年もジョイス御一行が来日公演を行った。


 ジョイスは、1960年代末から活躍するブラジルのシンガー・ソングライター。リオデジャネイロの、ゾナ・スウと呼ばれる市の南部で生まれ育った生粋のカリオカでもある。サンバやボサノヴァを土台にしたブラジル版ニュー・ミュージックを奏で続け、今なお現在進行形でそれを発展さ

せ続けている。
 ドラムは夫でもあるバイーア州出身のトゥッチ・モレーノ、コントラバス&エレキベースはホドウフォ・ストロエテル、ピアノはクラシック音楽も習得しているエリオ・アウヴィスと、ここ数年は不動のバンド・メンバーでの公演となっている。

 で、このジョイスのバンドなのだが、毎度、思わず唸らせられたり、ニヤリとさせられる演奏を披露してくれるから、なんだかんだいいながら、通ってしまう。
 トゥッチーがスネアやタムを手で叩き不思議な音を出しながら始まった「ウッパ・ネギーニョ」。ジョイスのクールなリズムギターと、エリオのリリカルなピアノが絶妙な掛け合いを見せてボサノヴァの進化形ともいえるスタイルで演奏された「ナ・バイシャ・ド・サパテイロ」。多くの演奏者によって繰り返し演奏されてきたスタンダード曲が、音の遊びを取り入れた彼らならではの解釈によるアレンジで、ユニークな表情で生まれ変わる。
 近年ブラジルでは、料理も美味しく、いい音楽を聴きこんできた客を楽しませるようなナイトクラブが新

たに開店しているが、実はジョイスも、リオにあるそんなお店で、耳の肥えた客を楽しませている音楽家の一人だ。
 ジョイスのバンドが聴かせてくれたのは、まさに今、リオで中産階級の大人たちが楽しんでいる音楽なのだ。腕利きな上に底抜けに音楽バカな人たちだからこそ演奏できる成熟した味わいの音楽。でもそれは、〝名人芸〟といわれるような達観した世界のものではなく、

〝洗練されたやんちゃの極み〟ともいうべき音楽。ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ(MPB)の粋、そのものなのだ。ボサノヴァが下火になるのと入れ替わるように、60年代中ごろに台頭しはじめたMPBは今なお成長し続けていて、紛れもなくジョイスは、そのシーンの一端を現在進行形で支えているアーティストなのだと、改めて思わされるステージだった。
(麻生雅人=文筆業)
Photo / Yuka Yamaji



島々を巡るアートと船旅
瀬戸内国際芸術祭 夏会期



 3年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭の夏会期が始まった。ベネッセハウスミュージアムなどがあり、アートの聖地として世界的に知られる直島をはじめ、豊島、犬島など瀬戸内海に浮かぶ12の島と高松、宇野を舞台に開催される。島独特の文化や地形、さらには島の人々とアーティストが協働して制作した約200の作品を楽しむことができる。
 7月20日の夏会期のオープンに合わせて高松を訪れた。最初に向かったのは港からフェリーで20分、鬼ケ島伝説の残る女木島。休校中の小学校の校庭に、大竹伸朗さんの作品《女根/めこん》がある。蛍光緑の門を抜けて中庭に入ると蛍光赤色に塗られた10トンのブイ。その上には女木島に生息していたヤシの木がそびえたつ。機械庫はタイルや

ら廃材やらネオン管やら、なんかの根っこやらが貼り付けられ、ワニが顔を覗かせる。過剰で強烈な生命力を感じさせる異空間が広がる。本作は春会期に発表され、夏会期に合わせて膨大な装飾が加わりパワーアップ。秋会期にはさらなる変化を遂げるらしい。ちなみにエゴラッピンの新作アルバム内「女根の月」は大竹さんの作詞、PV(※)は女木島及び《女根/めこん》でも撮影されている。
 高松から高速船で35分の豊島に横尾忠則さんの作品を常設展示する豊島横尾館が誕生した。古民家をリノベーションした屋内に、生と死を感じさせる作品が並ぶ。横尾さんのコレクションである滝のポストカードを転写したタイルで埋め尽くされた塔や、秘密基地のようにまっくらな部屋があり、ガラスや庭石には赤色

が効果的に使われている。昭和の江戸川乱歩映画のようないかがわしさを感じずにはいられない。
 これらをはじめ興味深い作品ばかりで、すべての島を巡るには1週間はかかりそう。今回初めて芸術祭に加わった西の島(いりこが名産の伊吹島など)も島の個性が強く魅力的だ。アクセスの拠点となる高松港には、バングラデシュのダッ

カの活気ある市場を再現したようなアート工房がつくられ、本国から職人、パフォーマーが一挙来日し、活気を帯びている。
 また高松市美術館と丸亀市猪熊弦一郎現代美術館では大竹伸朗さんの過去作、新作の展示や、香川県立ミュージアムでは瀬戸内出身の丹下健三の生誕100年を記念した展示も開催中。高松の飲食店は深夜までにぎやかで、うどんだけでなく魚介はもちろん、スパイシーなローカルフード、骨付鳥も楽しめる。
 海を渡ってアートを巡る。この夏、島々への旅に出てはいかがでしょう。実際楽しいです!
(吉田宏子=編集者)
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●アートと島を巡る瀬戸内海の四季「瀬戸内国際芸術祭」公式HPはこちら。夏会期は9月1日まで開催。
※ http://www.youtube.com/watch?v=y0rrIOH_iW0



連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その1
フランク・シナトラ流の「男らしさ」

 フランク・シナトラは、自分には流行のスタイルを追いかけるのは似合わない、時代遅れになっても自分の流儀を貫いて続けていくことが男らしい、ということをよく分かっていたシンガーだ。
 42年にソロ・デビューした当時のシナトラは、若い女の子から熱狂的な人気があったが、それは彼がモテようと媚を売ったのではなく、自分が歌いたいバラードを誠実に歌うその姿に女の子が夢中になったのだ。
 シナトラは、世間のスウィング・ジャズへの熱が冷めた50年代の初め頃からスウィングを中心に歌いだした。50~60年代に若者がロックンロールに夢中になり、ジャズはモダン・ジャズが主流になってもスウィングやバラードでスタンダード・ナンバーを歌い続けた。60年代初頭に流行したボサ

・ノヴァはブームが去るのを待って67年に歌った。
 そんな風にシナトラはいつでも自分らしく歌っているが、もっとも彼らしい魅力に満ちているのは53年からのキャピトル時代だ。
 彼は52年にコロムビアから一方的に契約を切られ、そのショックからか声も出なくなってしまった。そして世間からはもう過去の人

だという扱いを受けていたから、起死回生の心持ちでキャピトルへ移籍したのだと思う。その再起に向かった心意気が大きく声に出ているし、幸運にもその気持ちにふさわしいスウィング・アレンジに出会った。
 キャピトルの薦めで起用したネルソン・リドルのアレンジは2、3のリフが複雑に交差しながらスウィン

グしていく斬新なもので、30~40年代に流行っていたスウィングとは趣きが異なる。シナトラは彼の新しいアレンジならば、自分の好きなスタンダード・ナンバーを、自分が今まで歌ってこなかったスウィングでも自分らしく歌えると思ったのではないだろうか。
 彼は意図的に時代遅れなことだけをやっているのではない。自分のスタイルに合うと思えば思い切って新しいことも取り入れているのだ。
 キャピトル初期のアルバム『ソングス・フォー・ヤング・ラヴァーズ』、『スウィング・イージー!』、『ソングス・フォー・スウィンギン・ラヴァーズ!』での苦味のある声と男らしい歌いっぷりは何度聴いても痺れる。バラード・アルバム『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』では

以前のような甘さ一辺倒ではなく、大人の悲哀を感じさせる。一度シナトラの魅力の虜になれば、キャピトルだけではなくほかの時代の歌唱を聴いても、あらためてシナトラ=男らしいと思えてくるはずだ。
 男らしい男ってどんな人のことだろう? きっと完璧で善良な人間ということじゃない。男は見栄をはっ

たり、見え透いたウソをついたり、いろんな小さいことにこだわったりする。でも自分はこれでいいのかといつもクヨクヨしながら、いつかは思い切ったことをやってやろうと思っているものなのだ。それをやる勇気があるのが《男》なのではないだろうか。
(古田直=中古レコード店「ダックスープ」店主)
●写真上『スウィング・イージー!』54年発表のキャピトル2枚目の10インチLP。力を入れすぎず、軽やかにスウィング。
●写真下『ソングス・フォー・スウィンギン・ラヴァーズ!』リドルの編曲が冴え渡る56年の大傑作。名唱「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」を収録。




1974年、学年誌に連載された迫力のSFロボットバトル
横山光輝「ダイモス」

●「鉄人28号」「ジャイアント・ロボ」「鉄のサムソン」などに続く、著者の巨大ロボットヒーロー漫画の人気作を、これまでの単行本では未収録であった扉絵も含め完全復刻。

●主人公の少年真介はある宿命を背負い、巨大ロボットダイモスとともに火星からの侵略者ダフォボス人に立ち向かう。代表作「マーズ」「バビル2世」のエッセンスが随所に盛り込まれた本作は、コアな横山光輝ファンであれば思わずニヤリとしてしまうだろう。

四六判ハードカバー/434ページ/定価2,520円
発行:小学館/発売:小学館クリエイティブ
http://www.shogakukan-cr.co.jp/book/b110793.html