2013年9月20日(金)

劇団四季『ウィキッド』作曲家スティーヴン・シュワルツ会見記

 電通四季劇場[海]で上演中の『ウィキッド』東京再演。同作は童話「オズの魔法使い」シリーズに着想を得てグレゴリー・マグワイアによって執筆された『オズの魔女記』を原作に、MGM映画『オズの魔法使』(39年)にインスパイアされて作られたもので、オリジナル・キャスト盤はグラミー賞の最優秀ミュージカル・ショー・アルバム賞を受賞し、ミュージカルアルバムとしては異例のプラチナセールスを記録している。劇中歌は「自由を求めて」

「魔法使いと私」「ポピュラー」「あなたを忘れない」など、一聴しただけで観客を虜にするポップでキャッチーな楽曲が目白押しで、舞台美術も様々な趣向が凝らされた、まるでお伽の世界に迷い込んだような仕掛けが楽しい作品だ。
 日本では06年よりユニバーサル・スタジオ・ジャパンにおいてアトラクションのひとつとしてハイライト版が披露され、07年からは劇団四季による公演が始まった。リピーターも多く、昨年2月には日本公演通算

1500回を達成、現在なお新たなファンを生んでいる。
 そして同作の音楽(作詞・作曲)を手掛けたのが、『ゴッドスペル』(71年)、『ピピン』(72年)など数多くのヒットミュージカルを世に送り出した作曲家のスティーヴン・シュワルツ。彼はアラン・メンケンと共にディズニー作品『ポカホンタス』(95年)、『ノートルダムの鐘』(96年)、『魔法にかけられて』(07年)に楽曲提供したほか、

ドリームワークス製作の『プリンス・オブ・エジプト』(98年)の音楽にも関わっている。
 そんな彼が去る9月6日(金)、港区新橋にあるコンラッド東京にて取材会を行なった。
 人懐っこい笑顔で会場に現れたスティーヴン・シュワルツは、およそ一時間に渡る会見中、終始穏やかな表情で記者からの質問に丁寧に答えた。前日に劇団四季のキャストによる『ウィキッド』を鑑賞したそうで、「各国のショーと比較した際、もっとも良かった点が、アンサンブルのコーラスとダンス能力。また、サウンドの質や照明などの技術面も最高級と言えるもので感心しました。具体例を挙げると、ショーの前半で、主人公たちが大学の校歌を四部合唱で歌う場面があるのですが、当初、舞台上にい

るのは一部のキャストで、実際にハーモニーを成り立たせるためには舞台袖にいる人々も歌っていなければならない。ところが、ほかのカンパニーでは舞台上にいるキャストの声しか聴こえてこないことが多いんです。その度に私は、なぜ全員の声が聴こえてこないのかと尋ねるのですが、決まって、その時舞台袖のキャストは衣装替えで忙しいとか指揮者の姿が見えないから歌えないといった言い訳を口にします。しかし、私

が昨日観た四季のキャストはそれを完璧にこなせていました」と大絶讃。
 その後、話題は楽曲制作時の逸話から、現在ブロードウェイで再演中の『ピピン』について、さらには公の場で政治的思想を語ることは控えているが、それらは自ずと作品に影響を与えているといった発言から、ブロードウェイの現状と新作など多岐に渡った。
 「今のブロードウェイで(発表時の)『ピピン』のように、さほど有名でない

作家が書き、スター不在の作品がかかる可能性はとても低いというのが現状です。もっとも絶対にかからないとは言いません。現に年に数本そうした作品が評判になることがありますから。しかし、作家やキャストに名のある人々を起用する傾向が強まっているのは確かです。実際『ジャージー・ボーイズ』(05年)や『モータウン』(13年)に代表される〈ジュークボックス・ミュージカル〉と呼ばれる、観客に耳馴染みの既知の音楽を使ったショーのほうがオープンする可能性が高いのです。そうした潮流のなか、私は幸運にもヒット作があるお陰で、創作時の姿勢をこれまでと変えることなく仕事に向かうことが出来ています。ですから今後も自身が興味を惹かれる物語を見つけて、それを語る上で必要な音楽を作っ

ていきたいと思っています。具体的にはアメリカで実在したマジシャンのハリー・フーディーニを題材にした作品、もうひとつはオーストリアでドイツ語での上演となるラヴ・ストーリーを準備しています」
 現在65歳とのことで、この先まだまだ意欲作を発表してくれることだろう。新作に期待すると共に未見の読者には是非とも現在再演中の『ウィキッド』をお薦めしたい。
(濱田高志=アンソロジスト/撮影・荒井 健/写真提供・劇団四季)
●公演に関する詳細は〈劇団四季〉ホームページ内「ウィキッド」の項を参照下さい⇒ http://www.shiki.jp/applause/wicked/



連載コラム【ヴィンテージ・ミュージック・ボックス】その2
エラ・フィッツジェラルドの “ソング・ブック”

 56年にエラ・フィッツジェラルドはポピュラーのヒット曲を望むデッカから、ノーマン・グランツが新しく興したジャズ・レーベルのヴァーヴへ移籍し、アルバム『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』を発表した。
 最初から大きな企画だったのだろうか、このアルバム以降、作曲家のソング・ブックはシリーズ化され、数年かけてロジャース&ハート、アービング・バーリン、デューク・エリントン、ジョージ&アイラ・ガーシュウィンなど8タイトルが制作された。それぞれがLP2枚組、エリントンは4枚組、ガーシュウィンは5枚組というとても大きなヴォリュームにもかかわらず好評を博したようだ。
 これらの多くはハリウッドのキャピトル・スタジオで録音され、ボブ・クーパ

ー、ハーブ・ゲラーらウエスト・コーストのジャズ・ミュージシャンが伴奏し、オーケストラはポール・ウェストン、ネルソン・リドルらが編曲した。実に豪華な布陣による録音である。
 高水準に安定した内容のシリーズの中で、ひとつだけ『シングス・ザ・デューク・エリントン・ソング・ブック』は異彩をはなって

いる。ほかのソング・ブックで取り上げられた作曲家は、ミュージカルを手がけたティン・パン・アレーのいわゆる《作曲家》なのにデューク・エリントンだけは、作曲家には違いはないが、自らが演奏し、編曲も手がけ、楽団を中心に活動をしているミュージシャンである。殊更このアルバムが特別なのは、演奏までも

デューク自身と彼の楽団が担当していること。徹頭徹尾エリントン歌集なのだ。
 アルバムのハイライトのひとつ「キャラヴァン」を聴いてみよう。デュークとファン・ティゾール(エリントン楽団のトロンボーン奏者)が作曲したオリエンタルなメロディーのこの曲は、オーケストラの不穏な和音がビートを打ちながらはじまる。そしてエラが大きなメロディーをそろりと歌い出すのだが……いつもの彼女声とは少し違う。彼女の声は朗らかさが特徴だが、ここでは深く沈んだように感じられ、「美しい景色、なによりあなたと一緒のキャラヴァン」という明るい歌詞なのに、全体の印象がとても暗い。
 それまでにエリントン楽団が演奏した「キャラヴァン」は、独特のムードを持ちながらもいつも軽やかさ

があった。しかし、ここでは暗雲に包まれているような不吉さがあるのだ。
 恐らく、ほかのソング・ブックのアレンジャーたちは、エラのヴォーカルを引き立てる伴奏を心がけたはずだ。しかしデュークはこのアルバムで、エラの声が入ったときに新しいエリントン・サウンドが完成するようにアレンジしたのだと

思う。そしてエラは、デューク作のスタンダードをエリントン楽団のプレイヤーのひとりとして奏でているかのように、歌っている。
 エラを含んだエリントン楽団が演奏したこのアルバムはハリウッドだけではなく、デュークの街ニュー・ヨークでも録音された。
(古田直=中古レコード「ダックスープ」店主)
●写真上『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』バディー・ブレグマンのスウィング編曲でポーター名曲を32曲。
●写真下『シングス・ザ・デューク・エリントン・ソング・ブック』エラのための書き下ろし2曲を含む全38曲。エリントン楽団の代わりにポール・スミスらのコンボ伴奏の曲もある。