2014年2月7日(金)

筒美京平アンソロジーBOX、16年ぶりに復活
 

 歌謡曲史上、最強の作曲家は? という問いに対して、筒美京平という答えに異論を唱える向きはまずいないでしょう。大傑作「ブルー・ライト・ヨコハマ」と「また逢う日まで」と「木綿のハンカチーフ」を作ったというだけで超弩級の殿堂入りなのに、質・量ともに群を抜いた数多の名作をこれまで世に送り出し続けてきた鉄人です。歌謡曲と洋楽ポップスの融合か

ら生まれた新しいサウンドの登場は、日本の歌謡史を筒美以前(B・T)と筒美以後(A・T)に分けてもいいと思えるほど。昭和40年代以降のヒットチャートは氏の作品抜きには絶対に語れません。
 97年にリリースされた筒美京平作品集『HITSTORY』は膨大な楽曲から絞り込んだ163曲が4枚組の上下巻全8枚に収められたもので、ご本人の意向

も反映された決定版というべきものでした。それでもその全容からすればほんの一部に過ぎず、未収録でもまだまだ優れた楽曲は山ほどあるわけですが、ベーシックなところはきちんと抑えられた納得の選曲。セールスやチャートなどの記録に基づいた抽出はほぼ動かないとしても、それ以上の選曲基準となるとこれはもう好みの問題なので、言い出せばキリがありません。
 それから16年、作品集も既に入手困難になっていたところで企画されたのが今回のリューアル版ボックス。その後の作品+カヴァーの10曲を収録した9枚目のディスクがプラスされ、仕様もLPサイズの収納だった前回に対して、今回はコンパクトな函に収められ、全く違う商品という印象を受けます。ブックレットは200ページに及び、内容の

充実ぶりは言うに及びません。作品リストと歌詞集はそれぞれ別刷りでこのポリュームなのです。これはもう立派な書籍。
 改めて眺めてみると、酒井政利の序文に始まり、筒美京平ロング・インタビュー、橋本淳インタビュー、草野浩二や朝妻一郎ら重要関係者16組のバイオグラフィー、全収録曲の解説に作品研究のコラム等、資料性は極めて高く、さらには細野晴臣、大瀧詠一、山下達郎へのインタビューに、井上陽水、小西康陽、近田春夫、矢野顕子、吉田拓郎による随稿という贅沢な布陣が連なります。吉田のメッセージは短いながらも、多くの人々の筒美京平感が集約されているといっていいもの。音源だけでも充分に価値ある作品集にこれだけのコンテンツを揃えた、監修の高護氏、榊ひろと氏を

はじめ、スタッフの高い志に頭が下がる思いです。
 職業作曲家(もちろん作詞家も)が存分に活躍を遂げることが出来た時代の幸福な音楽を享受するために、これ以上のアンソロジーはないでしょう。例えば、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」をいい曲だなと思える人にとっては末代までの宝の箱であることは間違いありません。97年版を買い損ねて後悔していた方は是が非でも。お持ちの方も余裕があれば併せてお手元に置かれることをお薦めします。そして願わくば、ここで選に漏れてしまった作品、陽が当たらない名曲たちもいずれ新たに纏められる機会が訪れますように。ロック志向の皆さま、歌謡曲はキライでも筒美京平のことはキライにならないでください。
(戸里輝夫=ライター)
●『筒美京平 Hitstory Ultimate Collection 1967~1997』ソニーミュージックダイレクト/本体 ¥18,857+税/完全限定生産



自主制作マンガ界の忍法反魂の術
 

 凡天太郎(1929〜2008)という劇画家がいた。なんて書き出しにしても結局は知ったかぶりでしかない程、忘れ去られていた作家がいる。紙芝居出身で成功した作家として、水木しげるらと並んで語られ、実際、週刊明星に連載された「混血児リカ」は大人気を博した。しかし、劇画と早々に訣別し、刺青師として高名になったため、劇画家としての認知がブレているところがある。が、ここ数年「凡天劇画会」という

酔狂な、いや探究心旺盛な愛好者グループが、バイタリティ溢れる普及活動をしてくれたおかげで、このレアな劇画家を手軽に味わえるようになった。活動期間は短かったものの、描く手は速かったと聞く。カッチリとした画力は、当時の魅力を保存しているに違いない。青年劇画誌が林立していた1968年に芸文社の「漫画パック」に掲載された忍者モノでまとめた、最新作品集『忍法無惨伝』(2013年)が届いた。

表題どおり、血糊のこびりついた刃と飢餓に荒んだ風景が満載の、戦国残酷物語。強烈なハイライトで立体的にキメてくる断末魔。腕が飛ぶ飛ぶ、首も飛ぶ。80年代ホラー映画的な怪奇趣味が、ときどきバターみたいに染み出してきて香ばしい。
 凡天劇画会の刊行物の楽しみは、その装丁(植地毅&メチクロ)にもある。前作の『ブラックプロファイター タケル』(2013年)は、週刊少年ジャンプに掲載作ということで、初期のジャンプコミックス調だったが、今回は忍者モノということで、「忍者武芸帳 影丸伝」(白土三平)小学館ゴールデンコミック

ス風に仕立ててある。その出来上がりに、つい「馬鹿じゃないの」と最大級の賛辞を漏らしてしまった。心憎いディテールはここには書かない。続きは何でもウェブに頼らず、是非現物で。これは、悪ふざけというよりも、もしかしたら現実だったかもしれない漫画史を捏造した、装丁によるパラレルワールドSFだ。
 今年は、フランスで日本マンガの影の立役者たちを意欲的に紹介している出版社「レザー・ノワール(黒蜥蜴)」から、選集が出版される予定があるとか。凡天劇画の暗躍はまだまだ止まらない様子だ。
(足立守正=マンガ愛好家)
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『忍法無惨伝』収録内容〜「忍法無惨伝」「くの一殺し隠形鬼」「仇討ち無情」/新書判/192頁/1365円/発売中



宇野誠一郎の冒険音楽にびっくりしたり、ひっくりかえったり。
 

 作曲家、宇野誠一郎(1911~2011)の名前は知らなくとも、昭和40~50年代に彼が遺したTVアニメの音楽を聴いたことがない人はいないだろう。こんな紋切型の表現をこれまでに何度も使ってきたけれど、これほどふさわしい作家もそうはいないはず。
 2枚の編集盤『宇野誠一郎 作品集』が編まれたのは04年のこと。それからち

ょうど10年目、没後3年目に「第3集」が発売される。監修、選曲はもちろん濱田高志。ロングセラーを続ける「Ⅰ」「Ⅱ」とは違って、「Ⅲ」には「ひょっこりひょうたん島」や「ムーミン」や「ネコジャラ市の11人」や「一休さん」や「悟空の大冒険」など、いわゆる有名曲は収録されてはいないが、溢れ出る宇野メロディの魔法、編曲の妙技、特に

ヴォーカル・アレンジの至芸においては前2作を凌ぐ内容となっている。レコードのみならず、ソノ・シート音源、さらには初音盤化となる作品も含まれている。
 監修者の濱田さんによると、宇野誠一郎の生前に編まれた『作品集』の「Ⅰ」と「Ⅱ」の選曲において、ご本人から、作品を年代順(クロニクル)に並べることを拒まれ、あくまで、今聴かれる音楽としての構成を優先すべき、という提案を受けたという。「Ⅲ」もまた、その言葉に従ったつくりとなっている。ライナーノーツには、お亡くなりになる2月前に完成したCD『悟空の大冒険』を聴き、常々、失敗作と評されていた『悟空…』を「ひょっとしたら、僕の代表作といってもいいのかも知れません」と感想を述べられた話が紹介されている。残念ながら、

この「Ⅲ」をお聴かせすることも「かめんにんげんインセクトマン」の音楽についての感想を尋ねることも叶わなくなったが、そんな感傷とはまったく無縁という顔をして本盤に収められた32の歌はいきいきと弾み、跳ね、踊っている。びっくりして、ひっくりかえって、ドインてなことになっている、…かもね。
 〝しーん〟や〝ギューン〟など漫画の擬音表現は日本が生んだオリジナルだとよく言われるが、それを歌に転換することに最も長けた作曲家は間違いなく宇野誠一郎だろう。実験音楽ではなく冒険音楽と呼ぶにふさわしい。これぞセンス・オブ・ワンダーだ。
 「ふしぎなメルモ」が出てくる最近のCMで〝あの曲〟が使われないモヤモヤも本盤で解消しましょう。
(安田謙一=ロック漫筆)
●「宇野誠一郎作品集III 」品番:CDSOL1548/ウルトラ ヴァイヴより発売中
*この文章は雑誌「ミーツ・リジョナル」2014年3月号に寄稿したものに加筆したものです。




劇団四季ミュージカル「壁抜け男〜モンマルトル恋物語〜」 
圧倒的な幸福感で包み込む小粋なフレンチミュージカル
『壁抜け男』東京公演   2014年2月9日(日)いよいよ開幕!
 
音楽=ミシェル・ルグラン 
台本=ディディエ・ヴァン・コーヴェレール 
原作=マルセル・エイメ(ガリマール出版) 
オリジナル版演出=アラン・サックス 
日本語版台本・演出=浅利慶太
公演日程:2014年2月9日(日)〜3月15日(土)    
会場:自由劇場(港区海岸1-10-53)
料金:S席 9,800円/A席 6,000円/A席学生 3,000円
お問い合わせ 劇団四季東京公演本部 TEL. 03-5776-6730
公演情報はコチラ http://www.shiki.gr.jp/applause/kabenuke/
(撮影:荒井健)