2014年9月12日(金)

特集「Le monde enchanté de Jacques Demy」[3]
「色」も主役の映画『ロシュフォールの恋人たち』

 1990年に59歳で亡くなったフランスの映画監督、ジャック・ドゥミの回顧展が都内で始まり、多くの映画ファンが足を運んでいる。
 ドゥミ監督の代表作といえば、カンヌ映画祭で受賞した『シェルブールの雨傘』だが、67年に公開された『ロシュフォールの恋人たち』も人気が高い。この映画を初めて観たのは35年前。欧米の古い映画に夢中だっ

た大学生のころに、都内の名画座に連日通うなかでたまたま出逢い、いっぺんで魅せられてしまった。
 フランスの軍港ロシュフォール。この地を舞台に、数名の男女によるラブロマンスが展開される軽快なミュージカル映画で、この作品最大の魅力は「幸福感」にあるとよく言われる。確かに誰かに恋心をいだく劇中の人々は、みな喜びに満

ちあふれている。そして名匠ミシェル・ルグランの音楽も、彼らの喜怒哀楽を余すことなく表現して、観客の私たちを幸せな気分にさせてくれる。
 さらにこの映画に絶大な魅力を与えているのが、画面に登場する数々の「色」である。しかも見事なのは、派手な原色を取り入れても、受ける印象はとても上品なのだ。そのことは5年前に

公開された同作のデジタルリマスター版を映画館で観て、改めて痛感した。 
 例えば登場人物がいつも着ている服に目をやると、オートバイ乗りの2人の青年は、シャツとネクタイがそれぞれオレンジ色と青色である。また、主人公である双子の美人姉妹が着るワンピースは、それぞれ淡いピンクと紫といった具合いで、登場人物は誰一人として柄物の服を身にまとわないところにも、監督のこだわりを感じる。また、この男女4人が室内で一緒に歌い、踊り、楽器を奏でる場面は、まさに華麗なる色の競演。まるで万華鏡を手で回しながら覗くような興奮が味わえる。ちなみに双子を好演したカトリーヌ・ドヌーヴと、故フランソワーズ・ドルレアックは実の姉妹である。
 この映画でもう一つ驚嘆

するのが、すべての場面を彩る「色」たちの発色の良さだ。とにかくどの色も鮮やかで、それを観ているだけで気分が高ぶってくる。ドゥミが監督した前作『シェルブールの雨傘』も色彩の鮮明さが際立っていたが、洋の東西を問わず同時代の映画たちと比べても、『ロシュフォール〜』で描かれた「色」は群を抜いて美しい。
 そうした美麗な色たちを一層、引き立てるのが「白」

である。劇中に登場する建物の外壁はもちろん、室内の壁も、そのほとんどが明るい白色なのだ。この映画は、実際にロシュフォールで4ケ月もかけて撮影されたそうだが、ドゥミはロケ地をこの港町に決めるまでに、かなりの時間を費やしたという。きっと彼にとって、町全体に「白」があふれていることが絶対に必要だったのだ。しかも撮影に際して、建物の窓枠や扉などを自分が望む色に塗りか

えさせたというから、色への思い入れは相当なものである。
 港町ロシュフォールという純白のキャンバス。そこに彩りを添える、それぞれの色を与えられた登場人物たち。おそらくこの映画は、ドゥミ監督にとって「動く絵画」だったにちがいない。聞けば彼自身も、若いころから絵を描いたという。今回の回顧展にもそうした作品が展示されているので、『ロシュフォール〜』の色の秘密を解き明かす手がかりになりそうだ。今から会場を訪ねるのが楽しみである。
(加藤義彦=文筆家)

企画展『ジャック・ドゥミ映画/音楽の魅惑』

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(企画展)
会期:2014年8月28日(木)〜12月14日(日)
詳細⇒http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html

特集上映『ジャック・ドゥミ、映画の夢』
会場:アンスティチュ・フランセ東京
会期:2014年9月13日(土)〜9月26日(金)
詳細⇒http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1409130926/





自主制作マンガ界の翻訳ゲリラとその猫


 前回、外国のマンガ家による作品に触れたが、今や他国の作品にもマンガ出版界は興味津々、美術書の新しいジャンルのような扱いで棚を設ける書店もある。そんな翻訳マンガの深みにハマったら、きっと辿り着くのが「峠の地蔵出版」の存在だろう。
 外国マンガをガイマンと称し、マンガが売りの大学が集まって主催する「ガイマン賞」というランキングがあり、そこで昨年チャー

ルズ・バーンズの力作『ブラック・ホール』を抑え、3位に食い込んだのが『ニートメタル』(ダニエル・アーグレン)という作品。三十路を越えたヘヴィメタルバンドのペーソスを描いたスウェーデン産の作品だ。翻訳を手掛けたのはハル吉という人物。彼のチョイスで翻訳したマンガを、電子書籍化して販売するために始めたのが「峠の地蔵出版」とのこと。こうした個人レベルでのマンガ翻訳が、も

っと増えてもいいはずだと、ハル吉氏の意気は熱くブログに記され、こちらの胸も熱くなる。ネットショップのカタログには、『ニートメタル』の他にも興味深い商品があがっているが、やはりフィンランド産のエログロ冒険譚『カウガール・ナニの冒険』(ヨウコ・ヌオラ)が気になり購入、その際に安価という理由で、ついでにカートに入れたのが『猫DJゴッシー短編集』1巻(2012年)と2巻(2013年)だった。このショップにおいて、おそらくコンビニのレジ横のチロルチョコ(きなこもち味)のような立位置であろう「ゴッシー」だが、意外にも魅了されてしまった。
 オファーがあれば、ターンテーブル2台とレコードを車輪付きの木箱に詰んで、ゴロゴロ転がし何処へでも参じる、猫のDJ・ゴッシ

ー。一世を風靡した演歌歌手からの哀愁漂う依頼もあれば、突然、地震被災地やメキシコを流したりもする。スカスカとした印象なのに、どこかハードボイルドでもある。作者は、これまた主催のハル吉氏。多才な人だなあ。海外の異色なマンガ

に触れているうち、自分でも創作意欲が芽生え、ジョー・サッコのタッチなどに影響を受けて描いたという。それにつけても不思議なのは、最近読んだ外国マンガのどれよりも、異国情緒があったことなのだ。
(足立守正=マンガ愛好家



買いもの日記[1]


 恵比寿にいた。恵比寿にはレコード屋はないが、坂を上ったり下ったり、歩き回ることがある。そんなときにいつも店の前を通るのが古本屋『トップ書房』だった。
 この日もいつものように店の前を通ると、閉店セール全品50パーセント引きの貼り紙があった。店に入ると店主とお客さんが話をしている。「ここ、持ち家でしょ?なんで閉めちゃうの?」「区画整理でしょうが

ないんですよ。在庫があってもしょうがないから全部半額で整理しているんです」「もったいないなあ。また来るよ」。
 店内はまだ本が大量に残っている。平積みのままの本、ヴィニールテープがかかったままの本。本の終わりのページに鉛筆で書かれた値段。ここから半額になるのかと思うと驚くほど安い。まだまだ面白そうな本は残っていた。
 さっきのお客さんが外に

出てから客はぼく一人だった。店をまわっていると雑誌コーナーに一冊、気になる雑誌をみつけた。『寫眞週報』1942年の雑誌だった。表紙にはインドネシア人らしき人が日本の国旗を胸につけて何かしている写真があった。他、数冊の本と一緒にレジへ向かった。
 ヴィニールパックで包まれたその雑誌の中身が早く見たくて近くの喫茶店へ入る。さっそく開けてみると、そこには大東亜戦争1周年も間近、という文とともにアジアのいろいろな国の近況が載っていた。マレーシア、ビルマ、ヴェトナム、フィリピン、インドネシア。読み進めて行くと、マレーシアのアメリカへのゴムの輸出を止めた話。フィリピン、ヴェトナムでの日本語学校の話。ビルマの協力によって勝利を掴もう、という話。長い間占領下だった

国が独立のため、動いているような記事ばかり。インドネシア、スマトラでは日本領になる前に占領していたオランダが長い間放置していた山の開拓を始めよう、というところだった。この雑誌の表紙はスマトラ名物『シーラツ』という椰子の木陰の踊りのようだが、聞いたことがない。
 1941年というのはアジアでいろいろなことが起こった年、というのがこの雑誌一冊でわかる。この雑誌の中に「インドネシア人たちはおそろしく花に無関心である。『この花の名は

何であるか』と問えば、十人のうち九人までは『花である』と応えるのみである」「奇怪な魚があったから、珍しさのあまり市場の兄貴に『この魚は何であるか』ときくと、兄貴はしばらく考えた後、徐ろに『それは魚である』と応えた」とあった。これは今のインドネシア人と接していてもなんだかわかるような気がして笑ってしまった。しかし雑誌の最後には「次号は大東亜戦争一周年記念、特別倍大号発行」と書いてあり、少し異様な空気を感じた。
(馬場正道=渉猟家)