2015年9月25日(金)

 
古書とスイーツの日々
国を思うて何が悪いの巻

 敬愛する作家、阿川弘之氏が亡くなられた。94歳の御高齢をしても、紛うことなき見識と物言いで存在感を示した文壇の重鎮の不在は惜しんでも余り有る。代表作に挙げられる「山本五十六」や「米内光政」といった海軍史や人物伝はもちろんのこと、軽妙な随筆に至るまで、美しい日本語が連なる文章は、読者が思わず居住まいを正すような清廉な魅力に溢れていた。一般的には厳格な人柄で知られるが、散見されるユーモアとウイットに富んだ文章

からは、洒脱で優しい人物像を思い描くことが出来る。
 自分達の世代にとっては、岩波の絵本「きかんしゃやえもん」の作者という認識が強い。そもそもは、70年代に流行作家として名を馳せた遠藤周作や北杜夫の著作が好きで、その随筆に度々登場するアガワ大尉に興味を抱いたのが最初。テレビドラマ化もされた「あひる飛びなさい」「こんぺいとう」などのユーモア小説から入って読者になった。鉄道など乗り物好きとしても有名で、その辺りは最近

相次いで文庫版が再刊された「お早くご乗車願います」「空旅・船旅・汽車の旅」などの随筆に顕著である。
 その影響から、愛娘である阿川佐和子さんについても最初の著作から自然と買い始め、熱心な愛読者となった。人を惹きつけるエッセイ、さらには小説にも及ぶ文才は、やはりお父上から受け継がれたものであろう。お二人の共著「蛙の子は蛙の子」が出された時は嬉しかった。父娘間の愛情がしかと伝わる名著である。読売文学賞を受賞した「食味風々録」を佐和子氏が朗読したCDを親孝行と言わずして何と言おうか。阿川弘之氏に直接お目にかかることはとうとう叶わなかったが、お住まいが我が家と同じ沿線で割と近いことから、電車で二度ほどお見かけしたことがあった。いずれも夫人とご一緒で、仲睦

まじい様子にますますファン度を高めたものだ。晩年のベストセラー「大人の見識」は日本人ならば読んでおくべき良心の書である。
阿川氏が他界されて僅か2週間後、氏とも浅からぬ縁のあるイラストレーター、柳原良平氏の訃報が届いて寂しさがさらに募ることに。鉄道好きの阿川氏に対して、柳原氏は無類の船好きとして知られ、著書も多い。そしてなんといってもサントリーの広告で今また活躍を見せているアンクルトリスの生みの親でもある。氏には展覧会などで何度もお目にかかり、優しく言葉をかけていただいたのが佳き想い出。図らずも追悼本になってしまったが、「てりとりぃ」同人が中心となって、現在制作中の作品集で恩返しがしたい。
(鈴木啓之=アーカイヴァー)



主題歌分析クラブ
「天才バカボン」71年版主題歌

 今月は赤塚不二夫原作マンガのアニメ化「天才バカボン」の71年版の主題歌を分析してみましょう。
 作曲は渡辺岳夫が、編曲は松山祐士が担当しています。イントロはワウ・ギターからスタート。ワウといえば、ジミ・ヘンドリクスやミック・ボックス(ユーライア・ヒープ)の専売特

許でカッコイイ・エフェクターというイメージですが、そのイメージを一気に吹き飛ばすとぼけたフレーズです。その後はクラリネットとシロフォンによる16分の細かなパッセージ。現在だったらまずシンセでやるでしょうこのフレーズを生楽器で演奏することによって、サウンドに独特の暖かさを

生み出しています。
 Aメロからはバックを電子オルガンが担っています。シンセではまず雰囲気の出ないチープな音色が印象的ですね。メジャー・キーですが、Aメロの最後の2小節だけマイナー・キーに同主調転調しています。その部分では、いわゆるヨナヌキ(4度と7度抜きのペンタトニック・スケール)のメロディーをファズ・ギターがプレイしています。
 ファズといえば、ジミヘンやリー・ステファンズ(ブルー・チアー)の専売特許でカッコイイ・エフェクターというイメージでしたが、そのイメージを一気に吹き飛ばすド演歌的フレーズです。その後、歌とシロフォンのコール・アンド・レスポンスのサビへと移行。シロフォンの早弾き(早叩き?)フレーズや、まるでピアノのようなグリ

ス・ダウンに、本曲のサウンドの奥深さを感じてしまいます。
 サビでは、タンバリンが16分で刻み、ドラムスもアンティシペーションを導入したシェイクに近いリズムながら、ベースはシェイクっぽくないラインというアンバランス感。合っていないと思いつつも、その部分の歌詞が「これでいいのだー」と連呼されてしまうと、「これでいいのか」と納得せざる得ません。
 さらには、本曲は6番まであるという、無限ループのごとく歌が終わりません。
 何から何まで常識から外れた佳曲です。
(ガモウユウイチ/音楽ライター、ベーシスト)


ーーーーーーーーーーーー
※松山祐士の「祐」は、「示」+「右」が正字です



居酒屋散歩18《池袋・何駄感駄》


 池袋には復刻の画像処理をやってくれていたデザイン事務所がある。10年も通っているうちに、この界隈でずいぶんお店を開拓させてもらった。デザイン事務所は駅からしばらく歩く。池袋東口から東急ハンズの前の道をサンシャインの方に抜けて、旧リブロ書店(今は薬屋)の先を左に入った所にある。今回の店は左に行かず右に曲がって、サンシャインビルの裏手にひっそりとある。私は、どういうわけか賑やかな通り

にある店よりも、路地裏で静かにやっている店の方が好きだ。この「何駄感駄」も路地の角にある店で、目立たないで素通りしてしまいそうな佇まい。そんな隠れ家的な店だが、人気がありいつもサラリーマンなどで込み合っている。
 先日は日経サイエンスのS氏とここで懇親会。雑誌「サイエンス」の夏の号に子供向けの小冊子を作る仕事を手伝ったのだ。打ち上げというほど大げさなことは何もしていないが、お誘

いがあれは出て行く。しかも自分で店を決めてくれとのことだった。
 事前に店に予約を入れておいて、出かけた。すこし早く着いたのでまだS氏は来ていなかった。暑い日だったのでビールを飲みながら待っていると、ちょうど飲み終わった時に入ってきた。再びお代わりを頼んで、ビールで乾杯。すぐ鯛のカルパッチョ、サラダと自家製合鴨の燻製が出てきたが、これがビールに合う。さらにローストビーフが来たので、赤ワインに変えた。ここの店はイタリアン。ワインソムリエがいて、注文に応じてそれなりの銘柄を選んでくれるそうだ。私はワインに詳しくないのでやったことはない。ハウスワインを頼むことが多いのだが、それが結構いける。
 ここ数年どの雑誌も部数を下げているので、「サイ

エンス」はどうかと聞いたら若干の減少で済んでいるとのこと。大きく下がっていないのは頑張っている証拠だと言ったら、S氏は、読者数はあまり変化ないのだが高年齢化が問題なんです、と言っていた。やはり何らかの問題はあるようだ。また、詳しくは聞かなかったが、広告はいくらか減ってきているようだ。暗い話をしてもしょうがないので、デカンタでワインをどーんともらうことにした。
 エビフライをワインで味わっていたら、S氏の同僚のK氏が入ってきた。K氏とは30歳ころからの知り合いなので、もう数十年の付き合いになる。若いころはずいぶん飲み歩いたことがある。そんなK氏も含め3人でワインのグラスを合わせたころ、ガーリックトーストが来た。その後デカンタをお代わりして、チーズ

の盛り合わせを頼んだ。ピクルスやポテトチップスなど軽いものを頼みながら、さらにデカンタを追加した。
 最後はパスタをいただき、お腹も心も満足。飲んだり食ったりしたのだが、飲み放題のセットにしてあったので、お勘定はとてもリーズナブルだった。気軽に立ち寄れる店として、多くの人に薦めることが出来る店。ワインも2000円台から置いてあるので安心して頼める。
 実はこの店は、池袋にあ

るデザイン事務所の人とはまだ行ったことがない。どういうわけかチャンスがなかったので、今度機会を見つけて誘おうとし考えていた。その矢先、事務所が今年の夏、急に神楽坂に引っ越してしまったのだ。神楽坂も良い飲み屋が多いので。このコラムでも何回かお店を紹介している。今後はさらに神楽坂とディープに付き合わなければならなくなった。
(川村寛=編集者)