2015年10月30日(金)

 
ヒトコト劇場 #70
[桜井順×古川タク]









「宇野誠一郎ソングブック」第二集が発売!!


 宇野誠一郎ソングブックの第二集が発売された。
 「ひょっこりひょうたん島」など誰もが知っている歌や、「さるとびエッちゃん」の主題歌など懐かしい歌、さらに、聴いたことがないはずなのに、まったくそんな気がしない20の宇野誠一郎メロディを現在の演奏によって蘇らせている。

 演奏は江草啓太と彼のグループ。的確でツボを押さえたパフォーマンスは腕利きの理髪店の仕事のようで心地よい。ちょうど1年前に発表された「Ⅰ」と同じく、増山江威子、島田穂歌、重住ひろこ(スムース・エース)が歌手として参加。さらに、熊倉一雄、堀絢子、ヤングフレッシュがライン

アップに加わった。
 何はともあれ、「悟空の大冒険のマーチ」に感激した。テレビアニメ「悟空の大冒険」と、その音楽に対する評者の思い入れは「宇野誠一郎の世界」(月刊てりとりぃ編集部刊)に寄稿させていただいた。本盤では宇野と長年コンビを組んできた宮本貞子が歌唱指導と指揮を担当し、代替わりした平成のヤングフレッシュによって「悟空の大冒険のマーチ」が持っていた、あの爆発的なエネルギーを呼び起こすことに成功しているのだ。運動会の組体操なんて無くなってもいいと思う反面、音楽の時間では子供たちにこんな曲を歌わせてはっちゃけさせてほしいなあ、とつい教育問題にまで考えが及んでしまった。
 熊倉一雄は「ひょっこりひょうたん島」の劇中歌である「プアボーイ」を歌う。

半世紀前とほぼ変わらぬ、唯一無二、珠玉の表現を前に頬は緩みつつ背筋が伸びる。〝演じる〟歌といえば、堀絢子の「魔法使いのうた」(「アンデルセン物語」)もお見事のひとこと。
 この一曲、と言われれば、「悪魔ソング」を挙げる。この曲が生まれた69年の伝説のラジオドラマ「ブンとフン」は、ちょうど、この9月にNHK FMで放送された「今日は一日ラジオドラマ三昧」で聴いたばかりだ。天地総子が歌うオリジナル版の魅力は言わずもがな。本盤における重住ひろこの歌がまた素晴らしい。アイロニックで棘のある言葉を、しれっとした表情で歌う面白味にかけては、原曲を凌ぐ出来映えと言っていいだろう。それにしても、なんとも不思議な曲だ。汲めども尽きぬ魅力に何度も何度も再生してしまう。ソ

ング自体が悪魔の魅力を持っている。「ブンとフン」以外にも、井上ひさし作品といえば、「ひょっこりひょうたん島」、「ネコジャラ市の11人」のほかに、こまつ座の舞台の為に書かれた「きらめく星座」、「父と暮らせば」の主題曲も収録されている。
 数日前、このCDを携帯プレイヤーに取り込んだものをあるコンサートの帰り道に聴いていた。聴いているうちに気持ちよくなって、3駅分ほど歩いて帰った。宇野の音楽はひとり歩く夜道によく似合う。想像力の容量が桁違いなので、騒がしい日常の中だと溢れてしまうのだ。=文中敬称略=
*本稿入稿後の2015年10月12日に、熊倉一雄さんはご逝去されました。享年88歳でした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
(安田謙一=ロック漫筆)
※編注:「宇野誠一郎ソングブック II」収録の「プアボーイ」は、昨年11月15日に録音されました。当日、熊倉さんは体調不良のため杖をついた状態でいらっしゃいましたが、録音ブースでヘッドフォンを装着した途端、見事な歌声を披露され、わずか2テイクでOK。プロの仕事を目の当たりにした次第。編集部一同、謹んでご冥福をお祈り致します。



『宇野誠一郎音楽会 2015』リポート


 昨年、発表されて好評を博した新録アルバム『宇野誠一郎ソングブック』第2弾の完成に際し、これも恒例となった音楽会が、昨年と同じ代官山「晴れたら空に豆まいて」で10月5日に開催された。演奏を務める江草啓太と彼のグループは、バンマスでピアノの江草を筆頭に、アコーディオン・

田ノ岡三郎、ヴァイオリン・向島ゆり子、チェロ・橋本歩、パーカッション・熊谷太輔の不動のメンバー。ヴォーカルは昨年同様に島田歌穂、重住ひろこ、そして今回は巷で話題の天才シンガーソングライター・町あかりが初参加して賑やかな顔ぶれとなった。 
 世代によっては無性に懐

かしいであろうNHKのラジオドラマ『一丁目一番地』のテーマ曲に始まり、「チロリン村とくるみの木」「ねえ!ムーミン」など、お馴染みの宇野メロディが次々と奏でられてゆく。江草氏が最も好きな作品だと語る『ふしぎなメルモ』に関しては、エンディング・テーマとオープニング・テーマを2曲続けて披露。この辺りは江草グループの真骨頂。レコーディングや各所でのライヴで共演を続けてきたメンバーの息がピッタリと合い、回を重ねる毎に演奏が成熟さを増している。この日ももはや凄味さえ感じさせる名演を聴かせてくれた。
 国民的なアニメ『一休さん』のエンディング・テーマ「ははうえさま」で、最初のヴォーカリスト、スムース・エースの重住ひろこが登場。すっかり板に付い

た彼女の「ははうえさま」はこの日も一段と素晴らしく、観客を観了していた。続いて「悪魔ソング」「もしも僕に翼があったらなぁ」を披露して一旦ステージを後にしたのち、「よだかの星」の演奏で一部が幕を閉じる。宇野誠一郎の奥様でもある女優・里見京子の朗読のために書かれた同曲は、CD『宇野誠一郎ソングブックⅠ』のラストを飾っていた荘厳なる名曲である。
 休憩を挟んで、NHK少年ドラマ・シリーズ『暁はただ銀色』のテーマ曲で幕を開けた第二部は、続けて『ソングブックⅡ』収録の「大どろぼうホッテンプロッツ」「うちのドン・キホーテ」が演奏された。「うちのドン・キホーテ」は、ラジオドラマ『渥美清のドン・キホーテ』のテーマだった珍しい作品。なお、今回のライヴでは、江草氏が

前回喋り過ぎたとの自省からフリートークを抑制されていたが、ところどころに挿入される音楽家ならではのトリビアはやはり面白く、次回は遠慮されることなく全開トークを望む次第。
 これまたお馴染みとなった「ネコジャラ市の11人」の弾けた演奏の後、町あかりが登場して「とんちんかんちん一休さん」を歌う。

歌唱力抜群、フレッシュな歌声には本人が巧まざるところであろう仄かなお色気も加味され、ステージに新風を吹き込んだ。続いて制作が予定されている『ソングブックⅢ』でも、きっとチャーミングな歌声を聴かせてくれるに違いない。可愛くも頼もしい20代だ。
 こまつ座の舞台音楽「きらめく星座」「父と暮せば」

に導かれるように、作家・井上ひさしからも才能を高く評価されていた島田歌穂がステージに上がり、「わたしたちのこころはあなのあいたいれもの」「よんでいる」「ひとりじゃない」を披露すると、客席のあちこちから溜息が漏れ、素直に感動している様子が窺えた。魂に響く歌声にヴェテランの凄みを見せつけられた気がする。その後、愉しげな「ズッコのうた」「長靴をはいた猫」「W3」の演奏で盛り上がりは最高潮に達してのエンディングへ。アンコールは『ネコジャラ市の11人』挿入曲「マイホームタウン」、そして「ひょっこりひょうたん島」ではヴォーカルの3人、島田、重住、町が顔を揃える華やかなフィナーレとなった。
 CD『宇野誠一郎ソングブックⅡ』には、この日も会場に駆け付けた増山江威

子が歌う「エッちゃん」や、堀絢子「魔法使いのうた」、ヤング・フレッシュによる「悟空の大冒険マーチ」等々、魅力溢れる新録ナンバーが散りばめられ、前作を凌駕するまでの充実したアルバムとなっている。宇野誠一郎が遺した楽曲が最良の形で甦る、この幸福な機会が今後も度々訪れることを願ってやまない。ただひとつ惜しまれるのは、このライヴから一週間後の10月12日に、アルバムにも参加した熊倉一雄が旅立ってしまったこと。氏の「プアボーイ」は、おそらく生前最後の歌のレコーディングとなったのではないだろうか。闘病を微塵も感じさせない快唱で、凄まじきプロ魂を見せつけて氏は逝った。謹んでご冥福をお祈りいたします。=文中敬称略=
(鈴木啓之=アーカイヴァー)



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